「萬事入精(ばんじにっせい)」。04年に社長に就任した際、住友家の家長に依頼し、揮毫(きごう)してもらった言葉だ。初代の住友政友が商いの心得を残した「文殊院旨意書」に記され、商売だけでなく、全てに誠心誠意立ち向かう必要性を説く。
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社長として相次ぐ荒波に立ち向かった。IT(情報技術)バブルの崩壊で住友電工は03年3月期に戦後初の最終赤字へ転落。約1年後に社長のバトンを受けた松本は再建を軌道に乗せたが、08年秋にはリーマン・ショックが発生。直後の4カ月間で、2万数千人の海外人員を削減するほどのリストラも断行した。
事業再編や拠点閉鎖を進めると「遠心力が生まれ、住友電工の求心力が低下する」。そんなときには「萬事入精」を含む住友事業精神を繰り返し唱えた。グループへの親近感や理解度を高めようと、国内大企業のトップでは珍しかった社長ブログも07年に始めた。
事業面ではポートフォリオの転換を進めた。従来の稼ぎ頭だった光ファイバーの需要が縮減するなか、自動車部長や中部支社長を歴任した経験も生かし、自動車関連事業の拡大を先導した。
反発も受けた。ワイヤハーネスを製造していた子会社の住友電装を07年に完全子会社化した際、反対派から「脅迫状が届いた」。だが、松本は研究・製造・販売の役割分担を明確化した三位一体の体制を推し進めた。
04年3月に約15%だったワイヤハーネスの世界シェアは足元で20%を超える。ワイヤハーネスをけん引役に19年3月期の連結売上高は04年3月期の2.1倍、営業利益は1662億円と同3.4倍に膨らんでいる。
松本はリーダーの条件に「気骨ある異端児」を挙げる。勇気と迫力を持って恐れずに困難に向かい、周りと違う角度から物事を考えて解決策を発想できる人材だ。このリーダー像を体現するかのような松本の仕事人生にとって、海外駐在の経験が大きな礎となった。
兵庫県の淡路島生まれで長男。大学時代にはインカレのやり投げ競技で優勝した実績も持つ。就職の際は関西のメーカーを志望し、1967年に住友電工に入社した。転機が訪れたのはわずか6年後。米シカゴへの赴任を言い渡された。
駐在員は1人だけで松本が2代目。日本の専門商社のシカゴ事務所を間借りし、切削工具の営業マンとして特約店のネットワークづくりを担った。ファクスも電子メールもない時代。日本からテレックスでロール紙20~30メートル分の指示を受けては、ゼネラル・モーターズ(GM)の大型車で駆け回った。
74年、思い出に残る出会いがあった。当時はシカゴに拠点を持つ日本企業も少なく、会社の隔てなく約20人が現地の日本料理店に集まった。そこに現れたのは訪米していた松下電器産業(現パナソニック)の創業者・松下幸之助。「松本くんは最近どうだ」と気さくに声をかけられたという。
米国では「むちゃもやった」。営業先の自動車部品メーカーの調達担当者と親しくなり、ホテルで酒を飲む機会があった。「年の数だけ飲めるか」。29歳だった松本はジントニックをグラスで20杯ほど飲み干した。翌日、この担当者から初めての注文を受けた。国や言葉、文化は異なっても、懸命な努力が結果につながる。「誠心誠意やれば何とかなる、という気持ちは米国で培われた。そして、今も自分のなかに根付いている」
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次の転機は85年。英ロンドンで現地法人社長に就いた。ワイヤハーネスの成長力に気付いたのが英国にいた時代だ。社外重役を務めた現地の合弁会社が手掛けていた。「需要は増え続けている半面、機能が複雑なため新規参入は難しい」と実感した。現法では本社の資材部に銅の情報を伝えることも重要な任務だった。ロンドン金属取引所(LME)や世界の伸銅・電線メーカーでつくるIWCC(国際銅加工業者協議会)に通い詰めた。築いた人脈は息の長い財産となり、IWCCでは後に会長を務めた。
「グループ400年の歴史で『なにわ』の地が住友を育ててくれた。恩義を返さないといけない」。2017年、関西経済連合会の第15代会長に就いた。アジア各国と人材や技術を交流するプラットフォーム、スポーツ産業の振興……。関西経済の活性化策を矢継ぎ早に打ち出した。25年に大阪で開く国際博覧会(大阪・関西万博)に向けたリーダー役の一人だ。
関経連が今月27日に開いた定時総会。1期目の任期2年を終えた松本は引き続き会長に選ばれ、2期目に入った。「これまで固めた基礎の上に成果を出していく。課題や壁にぶつかると思うが、『ONE・関西』で乗り越えたい」。やり投げで鍛え上げた双肩にかかる責任と期待はなお大きい。
世界マスターズ出場へ練習
関西経済連合会の会長に就いて約2年。今の仕事の割合は関経連が65%、住友電気工業が35%という。ただ「会社の方は1を聞けば6くらいは分かる」ため、「合計が100を超え、完全に社長時代より忙しい」。休日に自宅近くで打ち込むのは陸上競技の練習だ。2021年に関西を中心に開かれる生涯スポーツ国際大会「ワールドマスターズゲームズ」で100メートル走に出場するつもりだ。
まつもと・まさよし 67年(昭42年)一橋大法卒、住友電気工業入社。97年取締役、99年常務、03年専務、04年社長。17年から現職、関西経済連合会の会長も務める。兵庫県出身。
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